古い旅館に泊まった話
この前とっても古い旅館に泊まった。
一人で一部屋に泊まっていた私は、夜中中どきどきしていた。
何にどきどきしていたか。
思い出すのはかつての卒業旅行だ。
ちなみに、ロマンチックな話ではない。
大学の卒業旅行で、私は友人たちと古い旅館に泊まった。
確か10人くらいで広い一部屋に泊まったのだった。
大学生なんてまだまだフレッシュで子供なので、別に部屋が古かろうが多少汚かろうが全然気にならず、夜中大騒ぎで、とても楽しい旅行だった。
その帰り道に、友人の一人が少し憂鬱な顔をしてぽつりと言った。
「あの部屋、いたよね。」
一同、「は?」となった。
いたって何が?
決まってるじゃん。
そういう話がこの世のなにより苦手な私は、背筋がひいいいいとなった。
あんたこっちは見えてないんだから、帰るまでだまっててよ!
と、言いたかった。
帰り道までが遠足、家に着くまでが旅行なのだ。
どうしてその旅行の思い出を最後にいらぬ一言で締めくくるのか、と背筋を凍らせながらも腹がたった。
友人にしたって言わずにおれない心境だったろうに、今思えば何とも理不尽な腹の立て方をしたものだ。
と言っても、やっぱり黙っていて欲しかったが。
そんな思い出があったものだから、私は大正時代から続くというその旅館に泊まったときも、何かいるんじゃないか、とびくびくだったのだ。
もし対面したらどうするか。
寝たふりができるだろうか。
色々考えながら、1時間置きに目を覚ましていた。
だから、夜中6回くらい起きたことになる。
立派な不眠である。
結局何者も現れなかったが、考えてみると、かつての卒業旅行でも何も見えなかった私が、今回も見えるわけもない。
いたかいないかは終に分からずじまいだが、要は自分にとって見えるか見えないかが重要なようだ。
見えないなら、いたとしても問題はないわけである。
ちょっと背筋は凍るけれど。